4代目店主 自己紹介

こんにちは。
佐賀県に帰り家業を継いで8年目に突入しました。
現在38歳。
お茶の事、商売の事、地域の事など日々勉強中です。
このページでは私の生い立ちからを簡単に紹介させていただきます。

誕生~佐賀を離れるまで 
  • 昭和54年田中家の長男として生まれる

私が産まれて半年後に祖父が60歳で亡くなりました。
その半年後、店を継いでいた父の弟も28歳の若さで亡くなりました。
関東で仕事をしていた父が店を継ぎます。
引き継ぎもほとんどせず、お客さんも減少しとても苦労したと父から聞きました

奈良県へ進学&就職     奈良教育大学(初めての一人暮らしがスタート)

奈良県の奈良教育大学へと進学。
ソフトボール部に入部しキャプテンも経験。
一緒に汗を流した仲間達との出来事が、
大学時の一番の思い出です。

アルバイトは立ち飲み屋、ヤマト運輸の仕分け、引越屋、家庭教師を経験。
また、深夜のコンビニのアルバイトで昼夜逆転の生活。
ちょっと勉学が疎かになり大学を中退・・

就職(建築関係の営業マン)
奈良県のアルミ建材のエクステリアメーカーに就職。
営業職です。
ガラス屋さん、サッシ屋さん、金物店さん等から注文を貰い、
工務店さん、お施主様との打ち合わせ。
そして材料を拾い出し見積もり、図面作成。
発注後はそれを工場で作らせて、職人さんに設置してもらう。

一つの現場に対して様々な人間が動きます。
聞いたこと、して欲しい事をしっかりと伝え完了する。
これがなかなか難しい。
本当にこれで苦労しました。
人を使う事の難しさ。
自分の未熟さゆえに怒られまくりでした・・。

サラリーマン生活は7年間。
会社には社会人としての、また大人としてのマナー等様々を教えて頂きました。
本当に感謝していますし、財産です。
大学時代から合わせて奈良県には13年間住んでいました。
第2の故郷です。

佐賀へ帰り家業を継ぐ

自宅での仕事に戸惑いました。

メリハリがない。
休みもなく年中無休。
毎日毎日が仕事。
地域の事が全く分からない。
高校までは佐賀に住んでいたとはいえ、全く分かりません。
帰ってきて正解だったのかな??
とずっと考えていました。

毎日配達するうちに地名を覚え、
お客様から同級生の近況を聞いたり、
消防団に誘われ入団して地域の先輩後輩と関わったり、
徐々に佐賀での生活に慣れてきました。

神埼市商工会青年部へ入部

経営者としての資質向上、商工業の総合的な改善発展を図り、あわせて地域の振興・発展、社会一般の福祉の増進、新しいまちづくりに取り組む組織です。
ここには私と似たような環境の子がたくさん居てます。
異職種の方がたくさん。

とにかく皆熱い!!
自分の商売について皆真剣に考えています。
佐賀に帰ってきたときにはエネルギーに満ち溢れていた私も、
この頃はなんとなく面白くもなく仕事をしていました。
そんな時期に出会えた仲間たち!
ようやく私にもスイッチが入りました。

お茶の事も経験を重ねていくうちに知識が増えていきます。
また、お客様の事、地域の事なども分かってきました。

田中茶舗4代目として

田中茶舗からお茶屋さんに対しお茶を卸売りしています。
が、私が家業を継いでからのここ6年の間で数件が辞められました。
卸先のお茶屋さんの高齢化、また後継者不足。
今後も卸先は段々と減って行きます。

お茶の品質にこだわり続ける

美味しいお茶を提供したい!!
どこよりも美味しく作りたい!!
お茶の品質には信念を持って拘って作っています。
ただこのお茶の品質だけが、田中茶舗の生命線だと考えます!!

お茶離れ、という言葉も近年はよく聞きます。
なぜお茶離れするのか?
それは、やはり美味しいお茶を飲んでない。
またお茶の淹れ方がよく分からない。
などの理由もあると思います。

美味しいお茶を飲んでもらいたいとの思いから、『お茶の淹れ方教室』を開催しています。
神埼市内の小学校やデイサービスなど様々な所に営業・活動に行っています。
昔からある自然の栄養補助食品【お茶】を身近に感じて頂くために、お茶の様々な事をこれからも発信していきます。

私、田中伸一郎がどんどんいろんな場所に出て行って、お茶の事は勿論ですが私の事をもっともっとアピールしていくことが商売に必ず繋がると考えています。
単に商品を買ってもらうだけではなく、こんな人がお茶を売っているんだと私の事もどんどんアピールしていきます。
どうか、今後とも末永く宜しくお願いします。